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  • masumi.h

【南宋 范成大「四時田園雑興」其の三十一】 

更新日:2022年10月16日

コロナウィルスショックで、改めて自分自身が人生に求める幸せとは何かを考えさせれる日々ですね。


私は地球の美しい自然を堪能し、家族と友人たちそして土地や自然を大切に生きられることがやっぱり、「私にとっての核となる充足感」なんだと感じています。


こののどかな田園風景を描いたこの作品にも、素朴な日常の一コマの根底に作者の「充足感」を感じます。


この詩は、南宋の詩人、范成大の晩年の作品です。

長大な組詩になっていて、全部で六十首もあります。


今回ご紹介する作品はそのうちの31番目のものです。

この詩に限らず、現在の日本では、宋代の詩は唐詩に比べるとあまり読まれないのですが、中国では教科書に載っているような著名な作品も数多くあり、特にこの詩は小学校の教材にも必ず出てくる、人気の作品だそうです。


一方、この一連の組詩は江戸時代の日本でも相当に人気を博し、時の漢詩人たちが挙って作詩のお手本としたそうですが、何となくうなずける気がします。


***************************

昼(ひる)は出(いで)て田(た)を耘(くさぎ)り


夜(よる)は麻(あさ)を績(つむ)ぐ


村(そん)荘(そう)の児女(じじょ)は


各(おのおの)家に当(あた)る


童孫(どうそん)は未(いま)だ


耕(こう)織(しょく)に供(きょう)するを解(かい)せず


也(ま)た桑(そう)陰(いん)に傍(そ)うて


瓜(うり)を種(う)うるを学ぶ


sì shí tián yuán zá xìng   qí sān shí yī

四时田园杂兴         其三十一


fàn chéng dà

范成大


zhòu chū yún tián yè jì má

昼出耘田夜绩麻 


cūn zhuāng ér nǚ gè dāng jiā

村庄儿女各当家


tóng sūn bù jiě gōng gēng zhī

童孙未解供耕织


yě bàng sāng yīn xué zhòng guā

也傍桑阴学种瓜


この詩は初夏の農家の風景を詠んだものです。


一句目の「昼は出て田を耘(くさぎ)り夜は麻(あさ)を績(つむ)ぐ」は、昼は田圃(たんぼ)に出て雑草を刈り取り、夜は麻(あさ)を績ぐ。


「耘」という字は「くさぎる」と訓読します。雑草を刈り取ることです。


初夏によく見かける農作業の一つです。


またここでいう「耘田」は農作業一般を指すと見ることもできます。

この出だしの一句では、昼夜を問わず忙しく立ち働く農民一家の様子が頭に浮かびます。


二句目の「村荘の児女は各(おのおの)家に当る」は、村の息子や娘らはそれぞれ一人前に家族の役目を担っているという意味ですが、ここでいう児女とは、成長して家族の一員として働く息子や娘らということです。


この時代の中国では一般に野良に出て働くのは男たちの仕事で、女たちは家事労働の後、夜は専ら屋内で糸紡ぎや機織りに従事していました。

「各家に当る」とはその事を指しています。


三句目、四句目の「童孫(どうそん)は未だ耕織に供するを解せず、也た桑(そう)陰に傍(そ)うて瓜を種(う)うるを学ぶ」とは、幼い孫たちはまだ、農作業のなんたるかは分からないけれど、桑の木の木陰で、大人の働く姿を見ながら瓜の苗を育てる真似事をしている。


「童孫」とは幼い孫たちの世代を表しています。「耕織」は耕作と機織りの仕事を指します。


「種」とは本来の意味は「種を撒く」ことですが、一般には「うう」と訓読し、栽培するという意味を表します。ここでいう「学ぶ」とは人真似をすることです。


長閑な農村の何気ない一日、一家総出で働いている農民の様子が生き生きと伝わってきます。

孫たちも遊びながら、大人のマネをしている。


これはどこの国でも共通で、かつては誰もが目にした情景ですね。

農作業に勤しむ家族の姿をありのままリアルに描き出しています。


さて、この詩では親子三代、一家総出で働く農民の姿が恰も画像のように映し出されていますが、これまで一家を支えてきた老農夫の姿がどこにも見当たりません。


しかし何度も読み返してみると、孫たちが手本にしている祖父の、桑の木陰で黙々と瓜の苗を育てる姿が浮かんできます。


この詩の作者は、画面に現れない語り手としての老農夫の目を通して、農民たちの労働の喜びと尊さを伝えたかったのかもしれません。

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