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【「己(き)酉山(ゆうさん)行(こう)に所見(しょけん)を書す(しょ)す」辛棄疾】

更新日:2022年10月16日

【「己(き)酉山(ゆうさん)行(こう)に所見(しょけん)を書す(しょ)す」辛棄疾】


先月はコロナ明けに久しぶりに漢詩の講座に参加してきました。

というわけで、久しぶりの漢詩記事です(*^^*)


辛棄疾という詩人は日本では有名ではありませんが、中国では知らない人はいません。

宋の官僚文人で、1140年、歴城(今の山東省)に、生まれ女真族の金の占領下に育ちました。

成人して武装蜂起に参加し、渡江して南宋に仕えました。

江西の地方法務長官になり氾濫の鎮定に成功したり、湖北、湖南など各地の軍政長官を歴任、精強な軍隊「湖南飛虎軍」を創設するなど活躍して名声を馳せました。


一貫して支配者の金に対し、強硬策を主張し続けた人物でもありました。

ですので、朱子学で有名な朱熹、以前ご紹介した陸游、範成大、楊万里などと共鳴し親交を結びました。

「この人はね、農民派と言いますか、農民を組織してゲリラを作ったりして、どことなく毛沢東っぽいところがありますね。」と恩師。


金に取られた領土を取り返すことを主張した上梓文を書いては、政府中央に進言していたように、反乱に対し非常に強い態度で臨んだ一方で、農民たちを大切にし、親しく接した人でもあったようです。


しかし、南宋は経済的には非常に発展していきましたので、政府では消極策が主流を占めていました。

そこで晩年は中央から退き、鉛山に隠居し、詩作に励みました。

詞(ツー)の作家としても有名であり、600余首という宋代で最も多く作品を残しています。

自分の主張が通らず、失意の晩年であったので、感慨憂憤の作が多く、北宋の蘇軾(蘇東坡)と並べて

蘇辛豪放派と呼ばれます。

しかし、一方で抒情的な傑作も少なくありません。


この「己(き)酉山(ゆうさん)行(こう)に所見(しょけん)を書す(しょす)」という作品は、「鹊桥仙」という曲名に当てはめた今でいう歌詞です。

己酉は、「とつちのとり」とも言い、干支の一つです。

1189年に当り、辛棄疾はちょうど五十歳、隠居した失意の年でした。

では、前半と後半に分けて、意味をみていきましょう。


松冈避暑 松の木立に暑さを凌ぎ


茅檐避雨 かやぶき屋根に雨宿り


闲去闲来几度 徒然に行きつ戻りつ


醉扶怪石看飞泉 岩場に酔うて滝眺むれば


却又是前回醒处 こは何時ぞやの酔いざめの場


松冈とは松林のこと、茅檐とはかやぶき屋根のことで、目の前に農村風景が現れます。

闲去闲来几度はぶらぶらすることですが、つづく「醉扶怪石看飞泉、却又是前回醒处」で作者が酔っぱらって、岩場につかまり滝を見あげたところ、前にもここで酔いを醒ました場所だったと気が付いた、というのです。

まだ明るいうちから、へべれけに飲んでいたのですね。

文武両道の熱血政治家が失意の末、この年で隠居したのですから、飲まずにおれなかっただろう、とは思います。


「中国の詩人は大酒のみばっかりですね。陶淵明という詩人がどうやら酒と詩を結び付けたといいますかね。李白も杜甫も陶淵明のマネをして大酒飲みになりましたね。陶淵明は後にどれほど糖尿病患者を出したか分からない、けしからん人と言えますねぇ。」

という恩師の解説に一同からどっと笑いがもれました。


北宋が滅びる時の女流詩人、李清照も二日酔いの詩を多く残しています。

詩人は多く恵まれない人生を送ったので、酒でも飲まずにやっていられないところがあったのでしょう。

さて、後半の歌詞はがらりと雰囲気が変わって農村の風景を描いています。


东家娶妇 彼方の家は嫁を入れ


西家归女 此方の家は嫁に出す


灯火门前笑语 門口に灯火掲げてさんざめく


酿成千倾到花香 四方に醸すは稲穂の香り 


夜夜费一天风露 夜ごと夜ごとの風と露


东家、西家とはあっちこっちの家ということです。

帰女とは嫁を出すことを言います。「帰」にはゆくべく所に落ち着く、という意味があるそうです。

祝い事のある家の門では、明るいランタンが並び、人々の笑い声が聞こえてきます。

稲穂の香りが広々とした田んぼに広がっている情景が描かれています。

夜ごとに吹く風は稲穂の香を運び、夜ごとに降りる夜露は稲穂を潤していたでしょう。

自然豊かな農村と庶民らしい暮らしを満喫する農民たちの生活を描写しています。


前半はやけ酒を食らって、あちこちをフラフラする詩人の姿が描かれたと思えば、後半は好意的な目で、農村と人々の暮らしを眺める作者が浮かび上がります。

詞は今で言う歌謡曲の歌詞なので、どうとでも解釈できるようなところがありますが、時代背景や作者の年代を知ってから読みますと、背景が分かってきます。

詩人は実際に武装蜂起をした文武両道の民族精神あふれるお堅い人物ですが、後半部分に人としての優しさを感じさせる作品です。


なお、この美しい日本語訳は恩師の植田先生の手によるものです。

「谷村新司さんに歌わせるといい歌になるんじゃないでしょうか。」

という植田先生の一言に一同大きく頷いたのでした。


què qiáo xiān

鹊 桥 仙


jǐ yǒu shān xíng shū suǒ jiàn   xīn qì jí

己 酉 山 行 书 所 见       辛 弃 疾


sōng gāng bì shǔ

松 冈 避 暑


máo yán bì yǔ

茅 檐 避 雨


xián qù xián lái jǐ dù

闲 去 闲 来 几 度


zuì fú guài shí kàn fēi quán

醉 扶 怪 石 看 飞 泉


què yòu shì qián huí xǐng chù

却 又 是 前 回 醒 处


dōng jiā qǔ fù

东 家 娶 妇


xī jiā guī nǚ

西 家 归 女


dēng huǒ mén qián xiào yǔ

灯 火 门 前 笑 语


niàng chéng qiān qīng dào huā xiāng

酿 成 千 倾 到 花 香


yè yè fèi yī tiān fēng lù

夜 夜 费 一 天 风 露


写真撮影 藤野彰氏



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